浪人生活 4

勉強以外、全部めちゃくちゃ。
何ひとつ上手くいかない。人と同じようにできない。人がすんなりいくことも自分はいちいちつまづく。
アルバイトすれば使えなさすぎてクズすぎて怒られてばっかだし。
鈍くさい。トロい。不器用。覚えが悪い。うっかりミスが多すぎる。周りを見なさすぎる。複数のことがいっぺんにきたらすぐフリーズ。自分で考えて動けない。受け身。すぐボーっとしてしまう。
もうボロクソ言われた。

生活もめちゃくちゃ。
昼夜逆転は当たり前。
丸2日寝て丸2日起き続ける。寝たい時に寝て起きたい時に起きる生活。
ブクブクに太った体で(浪人1年目で一気に10キロ太った)、何日も風呂に入らず、歯も磨かず、眉もムダ毛も生え放題。ひげも剃らない。(外に出ない、誰にも見られないなら、そういうことする必要を感じなくなる)

普通のことが、普通にできない。
「外出」が大変すぎる。身支度に時間がかかる。
何かするたびにいちいち手洗い。風呂や歯磨きにやたら時間がかかる。
夕方5時からの講義(予備校)に行くのに昼の12頃起きて、ご飯食べて風呂入って出かける用意して、夕方4時過ぎの電車に乗るのがやっとだった。
帰ってきてご飯食べてちょっとボーッとしたら、あっという間に夜の9時10時。
たった90分の講義を受けて帰ってくるだけで、1日の半分が過ぎていた。

オシャレができない。
高度な?オシャレができなくて悩んだ…のではなく、ムダ毛処理、眉整え、爪整え、風呂、歯磨き、洗顔、化粧水つけたりクリーム塗ったり、メイクをする、服のコーディネートを決める、そんなことが私には大変すぎた。
年頃で、人の目が気になりまくっていたので、やらないと外出できない。毛剃ってなかったら足出せない。サンダル履くならペディキュア塗らないと。
人の目が怖くて、どこかオカシイところがないか気になって、入念にチェックしているつもりでも、いつも何かしら抜けがあった。どんなに気をつけたつもりでも、毛を剃り忘れたり剃り残しがあったり、眉毛描き忘れたり、服にタグつけっぱなしだったり前と後ろが逆だったり。
外見に気を配るってなんて大変なの!!と。

たまに人に会えばすごく疲れる。気疲れ。カッコつけ疲れ。極力人とかかわりたくない。友達いないとか恋人がいないことを寂しいとか恥ずかしいと感じることはほとんどなかった。むしろ楽。人とかかわっても傷ついたり嫌な思いするだけだもん。人はみんな意地悪。友達とのことで神経すり減らして将来何になる?時間のムダ、労力のムダと。

人が、簡単に、楽しそうに、当たり前のようにこなしている(ように見える)ことが、自分にはいっぱいいっぱいだった。

私には、年齢相応の生活能力、人とかかわる能力、仕事などで求められる能力(気を配る能力、察する能力、機転をきかせる、対応力とか)…勉強以外の「生きていくのに重要なスキル」がまるで育っていなかったけど、そんなの、「いざとなれば何とかなる」と思ってた。

勉強以外のこと、全部ナメてた。
人間関係もアルバイトもオシャレも、もっと簡単なものだと思ってた。
だって、誰でもしてるし。しかも楽しそうに。やすやすと(のように見えた)。
実際は、簡単に見えていたことが全然簡単じゃなかった。誰でもできていることが自分はできない。何でもなさそうに見えたことが、自分にはすごくしんどくて。人が当たり前に、易々とこなしていそうなことに自分は手こずりまくって。

そんな自分に、何とも感じないわけがなかった。自尊心はボロボロ。
でもその自尊心を、「勉強」で回復させようとする。

机に向かってする勉強以外の、社会で生きていくために必要な能力、
良い人間関係を作るために、自分自身を見つめ直すこと、
メイクとかファッションの研究、

そういうことの方が、生きていく上で、ずっとずっと重要、
それができないことの方が、ずっと苦しい、
そういうことを軽視して生きるのは、もう限界がある…!

そういう思いを、ずっと抑圧してきた。
そういうことを、極端に軽視してきた。
その極端さがもはや異常だった。
自分で苦しくなっていた。

苦しいんだけど、自分が苦しいと感じていることに、気づけないのだ。

私はもっと、勉強以外の自分の課題を、何とかしたい…。
勉強以外に、自分にはもっと何とかしなきゃいけないこと、自分自身を見つめ直さなければいけないことがいっぱいある…。
勉強なんかより、そっちの方を何とかしたい!!!

自分がそう思っていることに、長く長く、気づけなかった。

長年の学歴信仰が染み付きすぎてか、
「勉強以外」を徹底して軽んじて切り捨てて、少々やりすぎとは思っても、それが問題だと思ったことは一度もなかった。
難関大を受験する人はそれくらいやる人も多いと思っていたし、それが最良なんだと思ってきた。
それこそが自分を苦しめている考えなど、まったく、もう、思いもしないことだった。

そして・・・気づいた時、私は勉強ができるようになったのだ。
気づいた、つまり、モヤモヤしていたものがずばり「言葉」になった時。

(自分のやり方が)「ムチャクチャ」だとか「常軌を逸してる」とか。
(そういう自分に対する)「無意識の反発」とか「嫌気」とか。
“勉強だけやってればいい”という考え方に、「無理を感じていた」とか「そんなんでは人生立ちゆかない」とか。

あああー私はそう思ってたんだ・・・!って。
ただそう気づいただけで、
あれだけ頑強だった抵抗感が、嘘のように消えてなくなっていたのだ。

でもそんな単純な気づきを得るまでに、10年近い月日を要してしまった。