この頃の私は、付き合う友達、クラスで属するグループも、”自分の価値を示すもの”くらいにしか思っていなかったと思う。
中学時代、カースト下層組にいた私は、常に上位層に遠慮して、すみっこで目立たぬように生きなければならなかった。
大人しくしている分には特に何もされなかったけど、基本、カースト下層組は「バカにしていい人間」と見なされて、雑用や面倒な用事は何かと押し付けられたり、傷つくようなことも平気で言われたりと、同じ人間扱いされないところがあった。(クラス内ではそうだったが、幸い部活では良い友人に恵まれ、とても充実し、中学校生活は楽しい思い出の方が多い)
そんな経験もあってか、高校では何とか上位グループに入ろうと(いわゆる「高校デビュー」しようと)、無理して自分とは合いそうにない派手な子たちに近づいていったり、気に入られようとした。
カーストで上位に分類される人、下位に分類される人の特徴のごくごく表面的な部分だけを見て、
上位=オシャレ、派手、外見に気を使う、流行の音楽やテレビに詳しい、明るい、ノリがいい、性格がキツい、先生に反抗する、ちょっと不良っぽい、勉強しない、
下位=ダサい、地味、外見に構わない、流行に疎い、大人しい性格、優しい、真面目、先生に従順など、
単純にその表面的な部分だけを取り入れようとした。
何より、「ここ(通っている高校)で真の友達を作るつもりはない」「どうせ卒業したらハイサヨウナラの人たちなんだから」という思いがあった。
私にとってこの高校は「仮の場」であり、そこにいる自分もあくまで「仮の自分」だった。
受験に失敗して底辺私立高校に通う自分など、さっさと「無かったこと」にしたい自分だった。
ここで、「本気」のことをするつもりはない。これから先もつながりのある関係を作る気はない。「こんな高校」と周りを見下し、「高校生」の期間は人生の黒歴史にするつもりだった。
友だちを作るのも、恋人を作るのも、人生を楽しむのも、全部「完璧な自分」になってから。
漠然と思い描く、「完璧」…。私の思い描く「完璧」など、ありはしないのに。
とにかく今の自分は全然自分の気に入る自分ではない、こんな自分、自分の人生の一部と認めるわけにはいかない、そう思っていた。
私は完全に自分を偽って、作って接していたから、人付き合いが疲れるのも無理はなかった。
でもそんな自分に疑問を持つことすらなかった。偽るのが当たり前だった。自分の心の中など誰にも見せまいと思っていた。
何でも相手に合わせて、相手を喜ばせ(媚び)、相手にとって「無害な人」になろうとし、それでも傷ついたり不愉快な思いをして、人と関わることに何のメリットがあるのかと本気で思っていた。
そのうち、「高校を辞めたい」と思うようになっていた。
毎日行って帰ってくるだけで体力的にも精神的にもしんどい。
勉強も全然はかどらない。
1日(起きている時間)の半分以上の時間を取られるこの高校に通うことに何の意味があるのか、大学に行くためだけなら大検(現在の「高等学校卒業程度認定試験」)を取ればいいじゃないか、高校を辞めてできた時間は全部アルバイトと受験勉強にあてよう、勉強もできてお金も貯まって一石二鳥じゃないか、これほど合理的な選択はない、そう思った。決意は固かった。
さっそく大検について調べたのち、親に話を切り出した。
もちろん、大げんかになった。
激しいケンカでは最後につかみ合いになることもよくあったけど、あの日の夜もそうだった。
売り言葉に買い言葉とは分かってはいたものの、以前から親と喧嘩になるたびに通っていた高校をけなされ、「高校なんかやめてしまえ」と言われていたので、そのことを盾にした。「だって、やめろって言い続けてたじゃん」と。父は何も言わなかった。
私の「高校を辞めたい理由」など、とうてい人に理解されるものではないとは分かっていた。分かっていたけど、とにかく高校に行くことが「無駄」に思えた。というかあの時の私には「勉強以外全部無駄」だった。
今抱えている問題はすべて、高校を辞めることで解消されると思い込んでいた。
「受験のため」に大胆なことを決行しようとする自分に少々陶酔してもいた。
その日の夜は何とか親を説き伏せ(たつもりになって)、床についた。
とりあえず1年生は終了して単位を取得すれば、大検の科目が幾つか免除されることになっていたので、残り数ヶ月は通い続け、3月の終業式に退学届を出そうという計画を立てた。
「中退」という方法を思いついてから、ただそれだけで、心が少し楽になった。
何かあっても「どうせ辞めるんだから」と思えば、少しは気が紛れる気がしたのだ。
そんな中、ひとつの転機が訪れた。