結局私は高校の3年間、ほぼ「無勉」で過ごした。
2学期制の学校だったので、定期テストは1年に4回しかなかったが、その勉強すらおっくうで仕方なかった。
もともと学校の成績は大学の一般入試の合否に一切影響がないので、定期テストは一夜漬けで乗り切った。
テスト3日くらい前になって慌てて友達にノートのコピーを打診し始め、留年しない程度の点数分をつめ込んで乗り切った。
高2の中頃にはすでに「浪人しよう」と決めていた。
自分が「やろう」としていたことが、あれだけ燃えていたことが、それを実際目の前にしてみると、本当にこれをするのか…という思いになる。
私はずっと、自分は勉強しか取り柄がない人間だと思ってきた。
でも逆に、勉強さえ頑張れば、こんな自分でも道が開けると思っていた。
「勉強ができる」ことだけが、自分の心のよりどころだった。
勉強さえできれば、他のどんな弱点も帳消しになる気がしていた。
他のことがどんなに上手くいかなくても、ダメでも、「勉強さえできればどうにでもなる」と錯覚していた。
でも高校に入って、その考え方でいこうとすると無理があると感じるようになってきた。
勉強だけ出来ても、惨めになる状況がいっぱい出てきた。
勉強以外に、自分には克服しなければいけない課題がいっぱいあると、思い知らされるようになった。勉強だけではダメなんだ、そう思わざるをえないことがいっぱい出てきた。
これまで「勉強さえできればいい」と思ってきた自分には、辛いことだった。
私にとって勉強は、自信や優越感を保つための手段そのものだった。
ところが今自分が抱えている劣等感や惨めさは、いくら勉強を頑張ったところで消えそうもない。
それどころか、他を切り捨てて勉強だけをやろうとすることが、より自分を惨めにする…。(あの当時感じていたこと)
休日予定を一切入れず、昼まで寝て、起きてすぐパジャマのまま前日から広げっぱなしの参考書やらノートやらに向かう。でも心がザワザワするばかりで、ちっとも集中できない。
今の自分の心は、「勉強」とか「受験」からは遠いところにある、
勉強よりも、もっと考えたいことがある、何とかしなければいけない問題がたくさんある、心の奥底ではそう感じていた。
何でも「勉強さえできれば」で解決しようとして、事の本質から逃げて机に向かおうとする自分に、もうひとりの自分が強く抵抗するかのようだったけど、当時はその抵抗感の正体は分からなかった。
もう「勉強する」ってことが、自分の中の大切な部分を切り捨てていくようで、耐えられなくなっていた。