小学校までの私は、自他共に認める落ちこぼれの子供だった。
勉強も体を動かすこともまるでダメ。何をやっても人と同じようにできない。トロい。鈍くさい。
人と上手くかかわることもできず、小学校6年通してほぼいじめられっ子だった。先生からも問題児と見なされていたと思う。
そんな小学校ももうすぐ卒業という冬のことだった。
母が新聞に入ってくる広告チラシを熱心に見比べていた。
「何見てるの?」と聞いたら、「塾のこと」と言う。
あまりに突然というか、寝耳に水だった。「塾に行く気ない?」と聞いてくることもなく、通うことがすでに決定事項のようになっていたから。
まぁでもそんなことは過去にも何度かあったのでそのこと自体は別に驚きではなかったけど、「自分が塾に行く」なんてその時までまったく考えたことがなかったので、少し戸惑った。
小学校では劣等生を自認し、それでも親から成績や勉強のことでガミガミ言われたことはほとんどなかった。
クラスメイトが中学受験に受かったなどという話を聞くと多少刺激を受けているようだったけど、基本的に、私の学力とかそういう方面に関しては、何の期待もしていないんだな、母は私に対してそういう欲はないんだろうなと思っていた。
私自身も、自分の3年後に関しては、「高校は選ばなければどこかには入れるだろう」とか「身の丈にあったところに行ければいい」という程度にしか思い描いていなかった。
何より塾という場所は、落ちこぼれを引き上げてくれるところではなく、もともと勉強が得意な子が更なる研磨のために行くところであり、自分にはおよそ場違いなところだと思っていた。
とは言え、私は塾話が勝手に進んでも、嫌だと感じたわけではなかった。むしろだんだん自分も乗り気になっていた。
チラシの中から、母がある一つの塾に的をしぼった。
しかしその塾に入るには、入塾テストと軽い面接があった。
入るためにテストがあると聞いただけで「無理!」と思ったが、受けるだけ受けてみることにした。どうせダメなんだからと思いつつ。
案の定テストはとても難しく、ほとんど当てずっぽうだった。
面接も終始オドオド、ドギマギするばかりで、塾長の目をまともに見ることもできず、ロクな受け答えができなかった記憶がある。
なのになぜか私は合格した。
採点結果は手応えに違わずすごく低かった。電話口で母が「それで受かったんですか!?」と思わず聞いたくらい。
テストは形だけで全員合格なのかと思いきやそうでもないようで、2度3度と入塾テストに挑戦し、やっと入れたという子も周りに何人かいた。
その後、入塾説明会に母とともに出席した。
その入塾説明会、オリエンテーションの塾長のスピーチで、私は雷に打たれたような衝撃を受けた(笑)。
塾長のスピーチは、これまで自分を卑下し、消極的に遠慮して生きるのが当たり前になっていた私を、一夜にして目覚めさせてくれるほどパワフルなものだった。
こんな自分でもやればできるんじゃないかと思わせてくれた。
私は塾長の発する言葉、黒板に打ちつける文字を一言一句逃さずメモした。
自分が何かにこんなに燃えて、やる気にみなぎるなど、人生で初めてのことだった。
さっそく中学入学前の春休みから塾が始まった。
授業はすごく分かりやすかった。
ちゃんと聞けば理解できる、こんな自分でも努力をすればそれなりの結果が返ってくる、そのことが大きな自信になった。
何より、勉強はやってみると面白い!
自分が勉強を「楽しい」と感じていることにまず驚いた。
知識が入ってくることが楽しい。難問に挑む過程が楽しい。褒められると更にやる気になる。
家でも机に向かうことが楽しくて、勉強が趣味のようになり、塾のない日でも自習室に通いつめたりした。
学校が始まっても、塾で先取り学習をしているから、先生が1言うことの10も20も分かるような気分になった。
小学校までは授業なんて退屈極まりないもので、当てられることが怖く、周りはみんな理解しているのに自分だけ分かってない、そんな取り残されるような恐怖心が常にあったのに、そんな自分が今じゃ教室の誰よりも分かっている気分なのだ。
勉強で不安が一つもないって、こんなに気分がいいものなのかと思った。
性格までがリセットされたような気分になり、大勢の友達と笑い合い、人が変わったように明るく積極的になっていった。
中学校生活は、上手くいったことばかりではなかったものの、勉強に打ち込み、部活動にも精を出し、文化祭や式典の際の合唱ではピアノ伴奏をやったりなど、人前に積極的に出る機会も増え、生まれ変わったようにやりたいことをやった3年間だったと思う。
“人として”の根本的な部分…「生きるための能力」にコンプレックスを感じ、うつむきがちに生きてきた自分が、いつの間にか優等生気取りの自信家になっていた。
自分は勉強もでき、部活では部長を務め、一番目立つソロパートを任され(部活は合唱部だった)、何かあれば人の先頭に立ってリーダーシップを取る、そういう立場を任される、自分はやればできる人間なんだ、やる気次第で何でもできる、そんな風にまで思うようになっていた。
「成績がいい」ということ、ただそれだけが、自分を支える大きな自信になっていた。(…と言っても実際は田舎の中学の中の上レベルで、決して特別できるわけじゃなかったのだけど。。)
しかしその中学生活は、塾に入って以来、「あそこに入れたらいいな」とずっと目標としていた高校を受験して失敗するという最悪の結果で、幕を閉じることになる。