物心ついた時から地味に苦しい症状に、毛布恐怖症というのがある。
自分の中ではずっとそう呼んじゃっていてタイトルにも使っているけど、「恐怖」というのは、ちょっと違う。
毛布”嫌悪”。とにかく嫌。ダメ。そうとしか言いようがない。
たまにどうしても耐えきれず、人に説明して毛布を隠してもらうなど配慮してもらう時には、「私、毛布恐怖症で…」と言う。「毛布が嫌で」というより分かってもらいやすいので、「恐怖症」と名付けているけど、怖いとか恐ろしいというのとはちょっと違う。
「毛布にくるまる」なんてのはもちろんのこと、毛布に触れない。近づけない。視界に入るのも嫌。毛布と同じ空間にいることが耐えられない。
特に昔ながらの、からし色、山吹色のじゃもじゃとした病院や公共施設などに備えつけてありそうな「元祖毛布」という作りのものが一番苦手だ。とにかく見たくもない。虫ずが走る。すぐにでも立ち去りたくなる。
幼い頃、父親の寝室にはその昔ながらの毛布があったため、寝室は徹底して閉め切ってもらい、絶対に私の目に触れることがないようにしてもらっていた。少しでも寝室のふすまが開こうものならギャン泣きして閉めることを要求した。もう自分でもわけが分からなかった。
当時の家からは7歳で引っ越しをしたが、私にとってその寝室は、入ることはもちろん、覗いてみたことすらない「開かずの間」だった。
正月など、祖父母の家に遊びに行ったときも、毛布が試練だった。
祖父母の家は同じ市内にあったので、泊まるということは滅多になかったのだけど、1度だけみんなで泊まったことがある。
親戚の集まりは当時の私にとって一番の楽しみだった。学校でいじめられていたけど、いとこ達だけは私と仲良くしてくれ、その時だけは本当に楽しい時間を過ごせたからだ。
でも夜になり布団を敷きはじめる時間になると、私は急に息をひそめ無口になる。なるべくしゃべりたくない。息もしたくない。体がこわばる。
「寒いのになぜ?」と不思議がられながらも自分だけ毛布を抜いてもらい、周りの毛布を意識しないようにして、とにかく早く眠りに落ちて意識を無にすることに集中するのみだった。生きた心地がしなかった。
宿泊研修など楽しいはずの外泊も、宿泊施設に毛布がないかで心が重くなる。
過酷にも毛布だらけという環境もあった。本当に生きた心地がしなかった。必死に寝ることに集中し朝まで何とか耐えた記憶がある。
毛布以外にも、もじゃもじゃした質感の衣類、寝具などは苦手だ。フリースなど裏起毛が激しいものは着られない。
あともじゃもじゃしてはいないけど、なぜかタオルケットも毛布に近い感じで嫌悪の対象。タオルは大丈夫。でもタオルケットはダメ(笑)。・・・うーん。。
毛布の何が嫌なのか具体的に考えてみても正直分からないのだけど、しいて言えば、あのもじゃもじゃ、ふわふわの繊維が飛んできて、自分の「口の中」「体の中」に入ってくるかもしれないという嫌悪感がある。息をしたりしゃべったりする間に。だから毛布のある空間にいるとまず口を閉ざす。そういえば昔から「異物」が体に侵入するということに恐怖心があった。
冒頭で「地味に(辛い)」と書いたけど、意外とね…日常で毛布と遭遇してしまう機会ってそんなになかったりする。ホテルとか泊まって毛布あるかなって思っても無くて安堵したり…(笑)。意外と無いもんだなと思う。
また幸いというのか最近の毛布は毛並みが大人しく綺麗というのか、もじゃもじゃしていないものが多くないですか?そういうのなら、近くにある程度には大丈夫になった。でもやっぱ嫌だけど…。
ただ、災害時の避難所とか病気で入院とか、そういう場所は、もじゃもじゃ系毛布がありそうで、今後そういうことがあったらと考えると、恐ろしいのだ。。