守りたいもの

他の方の不潔恐怖の症状を読んでいてふと思ったのだけど、そういえば私って、不潔恐怖でよくある排泄物系の嫌悪ってあまりないなと思った。
いや…他人のは嫌だけど、たぶんその「嫌」は誰もが感じる程度の「嫌」で、更に言えば、自分のはあまり汚いとは感じない。手に付いちゃっても洗えば平気だし。いや他人のも大丈夫と言えるのかな…。アルバイトでトイレ掃除とかも普通にできたし。

私は鼻をかむ時、鼻の中に鼻水がちょっとでも残っているのが気持ち悪くて、ティッシュ越しに鼻に指を突っ込んで拭き取ってしまうんだけど、その手を、あまり汚いとは感じないのだ。他人からすればその行為の方がよほど汚いのにね…。見えないようにやってたつもりが、「○○さんって鼻ほじるよね…」と指摘されたことが何度かある。

トイレ後に手を洗えないのは辛い。
必ず石けんで洗いたい。ハンドソープが置いていない公衆トイレには入れない(最近はほとんどのトイレに設置してくれているのでありがたい)。

手洗いの時間は、強迫ではない人に比べれば長い方だと思う。でも「強迫の手洗い」というほどの長さでもないと、ネットで様々な人の強迫症状の人の話に触れて思うようになった。
具体的に測ってみたことはないけど、感覚的には大体5分、長くても10分はいかないと思う。それでも人に見られたら、「この人潔癖症?」って思われているような視線を感じるけど…(ホームセンターのトイレで「すごいね…」って見知らぬおばちゃんに言われたことがある…)。
腕~肘の部分まで石鹸の泡をつけて洗ってしまうのと、石鹸の泡をブクブクに立てすぎるから、それを洗い流すのに時間がかかってしまう。

あと、私は外ではあまり(家の中よりは)汚いと感じない。外や他人は割と平気。
普通にどこでも座れるし、物も置けるし(床は嫌だけど)、さわれるし、電車の吊革もつかまれる。
それでも少しは神経質なところもあって、アルコール入りウェットティッシュがかばんに入っていないと不安だったり、ことあるごとにトイレに入って手を洗ったりと、疲れることも多いけど。
そうは言っても、外ではあまり「触れてはいけないもの」、「かもしれない不安」ってないなと思ったのだ。

家の中の方が私にとって強迫の”むしろ”だ。
家の中の方が、ずっとずっと汚く感じる。
自分自身も家族も、汚いと感じる。

自分は汚い。思い込みではなく実際に汚い。風呂に入っていなかったから(3日~1週間に1回くらい)。
でもひとたび風呂に入ったら逆転する。周りが汚い。これも思い込みではなく実際に汚い。
うちは掃除は2週間に1回程度だし、棚とか何年も拭いていない場所とかいっぱいあって、目線の高さを棚と同じにすると、埃がこんもり積もっているのが見える。

聖域は、少々の遍歴はあったものの、基本は自分がいつも過ごす場所。
部屋の一部分だったり、全体になったり、インターネットするようになって一時ネット中毒になった時は、パソコンを置いているテーブルとその周辺、など。
自分が汚い時は(風呂前、手洗い前、外から帰ってきたばかりなど)聖域に入れず、自分がきれいな時は、聖域から出られない。聖域以外、安心して座れない。くつろげない。落ち着けない。

こうして考えると、私が守りたいものって”物”なんだな、と思った…。一貫してそれ。自分の所有物。
何か新しい物を手に入れると、嬉しい反面、精神的にとても疲れる。「汚してしまったかも…?」とクヨクヨ悩む対象物が増えるから。何度も(目で見て)確認したり、拭いてみたり洗ってみたり。せっかく使いたくて買ったものなのに、全然使えない。

曲がりなりにも外で働き出して、化粧品とかを少しは買うようになって、それでまた悪化した。
服とか化粧品とか、買ったものが大事すぎて悪化した。

しばらく使っていなかったマニキュアの瓶にうっすら埃がたまって、布で拭いたけど取れた気がしなくて、拭いたことで逆に蓋付近から中に埃を入れ込んでしまったような気がして、いつまでもクヨクヨクヨクヨ気に病んだり。。

「大事な化粧品」に埃がかかっていないか気になる。
化粧品を手にとる時は、手を腕まで洗って、恐る恐る近づいていた。
その頃「聖域」は自分の部屋ではなく、居間のパソコン周りになっていて、部屋はまた掃除しない状態が続いていた。
埃だらけの部屋に置いてるから、埃がかかって当然なのだ。
埃だらけの中に置いて、なぜかこれ(化粧品)だけには埃はかからないだろうと思い込んでいる。
埃が舞わないようにそっと近づき、そっと置く(笑)。舞ってただろうけどね…。

母親もそうだ。何かを買っても、箱にしまったまま、奥の奥にしまい込んでしまう。そのしまい込む場所(押入れ、引き出し、タンス等)は母親にとって最大の聖域で、母親自身でさえ滅多やたらにいじれない。一度奥にしまい込むと、必要になった時に取り出すことが精神的に負担になる。