6歳ぐらいか、何歳だったか正確には覚えていないが、ともかく幼稚園の頃だった(小学校に上がってすぐ引っ越しをしたので、古い家での記憶は幼稚園の時であるのは間違いないのだ)。
母が苺を食べさせてくれるというので待っていたら、来客があった。
回覧板か何かだったと思う。玄関先でしばらく立ち話となった。
10分だったか15分だったか、もっとだったかは覚えていない。大した時間ではなかったかもしれない。でも子供にはかなり長い時間に感じられた。
台所には洗いかけの苺がザルに入ったまま置いてあった。
しびれを切らした私は苺を自分で洗い、母の分と私の分、食器カゴの蓋を開け、器を出し、それぞれを器に盛った。
そして母が戻ってくる前に、自分の分は食べてしまった。
お客さんが帰って戻ってきた母は、台所の状況を見るなり血相変えてこちらに向かってきた。
「勝手にやったの!?どうして待ってられなかったの!!」
確かに「待ってて」とは言われた。その言いつけを守らず勝手に食べたことがいけなかったのかと、そう思った。
それにしてもすごい剣幕なのだ。正直、そこまで怒られるようなことだという認識はなかった。自分では「手伝い」のつもりで、来客の相手で忙しい母親に代わって「やっておいてあげる」という感覚だった。だからむしろ褒めてもらえるとさえ思っていた。
母の怒りはおさまらない。寝るまで延々説教は終わらなかった。
ひととおり怒りをぶちまけて少し落ち着くと、子供相手にヘタな脅しに入るのが母のいつものパターンだった。
「私が洗ったのではちゃんと洗えていない」
「洗いが不十分な物を食べたら死ぬこともある」
「腹痛が起こるかもしれない」
年端もいかない子供相手に母はこういうタチの悪い脅しをよくやった。「死ぬ」とか「霊が出る」とか。言うことを聞かないとご飯に毒を入れるとか。
私は恐ろしくなった。本気で死んじゃうかもしれないと思った。
とにもかくにも、「勝手にやった」ことで、こんなに恐ろしくて面倒な目に遭うと学習した私は、それ以降台所に近寄らなくなった。
今なら、たかが苺を勝手に食べた程度のことでどうしてあんなに怒られたのか、全部納得がいく。
台所は、母にとって”聖域”だった。私だけではなく父も、勝手に台所に物を取りに行くことなどは許されなかった。「まず私に言ってよ!」と怒る。
自分の聖域である台所で、自分のあずかり知らぬ間に勝手に何かをされると、母は人が変わったように怒り出す。
台所以外にも聖域はいっぱいあった。家中のタンス、引き出し…基本的に自分の部屋以外、家の中のほぼすべてが、勝手に触ってはいけない場所だった。
引き出しをちょっとでも開けようものなら「なにするの!?」と血相変えて止めに入ってくる。
小さい私にそんな事情を察することができるはずもなく、自分にとっては意味不明なことで怒られ行動を規制され続けた子供時代だった。
後に色々なことが分かるし、自分も同じようになるのだが。