はじめて1人で風呂に入った日のこと

お風呂はなぜか、もうハナから「この子は一人で入れないんだから」という思い込み、決めつけみたいなものが母の中にあるようだった。
当然のことのようにいつまでも母が一緒に入り、体を洗うのも髪を洗うのもやっていた。
私も「そういうものなんだ」と思い、特に疑問を持つこともなく、されるがままでいた。

それでも私が小学校の高学年に差しかかったあたりから、少しずつ変化が出てきた。
今思えばなかなかに気持ちの悪い光景だが、子供といえどある程度の図体の子が棒立ちで親に体を洗ってもらっているのだ。また母にとっても結構な重労働になっていたはずだ。
そのせいか、母はお風呂の中で不機嫌になることが多くなってきた。

何だか分からないけど自分のせいで母親がイライラしている…そう思うと肩身が狭かった。
お風呂場が毎回重苦しい空気に包まれるようになった。
でも私はその重苦しさもセットで、「そういうものなんだ」と変に受け入れてしまっていた。

そんなある日、いつものように洗ってもらっていて、ふとした瞬間、「これって自分でできることなんじゃ…」と気づいたのだ。
そうなのだ、自分でやればいいのだ、この状況に甘んじる必要はない、と。

でもそう気づいたところで、そこから一歩がなかなか踏み出せなかった。
11歳という年齢まで「最初から最後まで一人でやる」という経験がないままくると、「一人でやる」ということがものすごく怖くなる。
私にとっては完全に未知の世界だった。何だか分からないけど、とにかく怖かった。

そして、11歳にもなって親に体を洗ってもらっている、一人でお風呂に入れないというのは、ものすごくヤバイことなのだ、ということに今更のように気づき、それも追い打ちをかけた。

ちょうどその頃、学校でも宿泊行事があったり、友達の家に泊まりの誘いを受けるようなことも多くなってきた頃だった。

そんなある日のこと。いつもなら風呂の時間だが、母が別の用事に手がかかっていて、私はそれが終わるまで(風呂に入れてもらうのを)待っているということがあった。

ぼーっと待っている私を見て父は、軽い感じで「一人で入ればいいじゃねぇか」と言ったのだ。
すると、すかさず母が、「だって一人で入れないでしょ」と言った。
その時私は「え???」となった。

そうか…私は”一人では入れない”と思われていたのか…と。

いや…確かにその時、「一人では入れない」状態になってはいたけど、それまで「一人で入れる?」と聞かれたこともなけければ、「一人でやってみよう」と促されたことも一度もなかった。
「一人でできるようになる」きっかけを一度も与えられることなく気づいたらここまできて、それで「この子は一人で入れない」と言われてしまうのは、どうにも腑に落ちなかった。
まるで自分は生まれつきそういった能力が欠けて生まれてきたと、決めつけられたかのような…そんな気持ちになった。

そりゃ最初は誰でも一人で入れない。そこから自分の力だけでできるようになるために、ある時期から「自分でやる」という体験を増やしていくのではないのか。
でも母には、風呂のことに限らずそういったことがまるで欠落していた。

しかし、「その日」は突然やってきた。
私も危機感を抱いていたけど、母にもあったのだろう(たぶん学校の宿泊行事が迫っていたから)。
「一人で入ってみなさい!」と風呂場に放り込まれたのだ。

これもまた、事前にそういう話をしたわけでもなく(覚えてないだけかもしれないけど…)、突然だったと思う。

私は「とうとうきたか」という変に落ち着いた気持ちと、フツフツと沸きあがる腹立たしさ、不安の中、もう必死だった。

気づいたら一通り終えて、風呂から出ていた。