自分で選べない

小学校までは、朝学校に着ていく服も全部母が決めていた。
いつも出されたものを黙って着ていた。
でも高学年になったあたりから、自分であれが着たいこれが着たいというのが増えてきて、朝からよくバトルになった。

その理由の多くは、「私に風邪を引かせたくない」という気持ちからくるものではあったと思うけど…。

防寒よりオシャレを優先する、たとえば冬の吹雪の日などにスカートを履くようなことは母の常識からいって許せないことらしく、テレビでそういう人が映っただけでボロクソに文句を言ったりする。
大雨になればタクシーで学校に行かせようとしたし(これは毎回何とか拒絶したが…)、ちょっと肌寒い日に外に遊びに行こうとすると必ず激しい喧嘩になった。強引に行くこともあったが、帰ってから冷戦状態になった。

とにかく私に寒い思いをさせたくなくて、風邪を引かせたくないから、そのためには私の服装は母が自分で管理しないと気がすまないようだった。

でもそれでなくても、私が自分で選ぶものにはなんだかんだとケチをつけてきた。
自分で、「これがいい」「よし、これで行こう」と思っても、本当にそれでいいのか、そんな服着る人なんていない、~ちゃんはもっとこういう格好してくるとか、必ず否定してくるのだ。

特に参観日とかピアノの発表会、友達の誕生日会にお呼ばれなどちょっとおめかしをする日、母も一緒に参加する行事、受験の日など、ここぞという大事な日は、必ず「着ていくもの」で大喧嘩になった。

こう書くと、きっと私がよっぽど奇想天外、トンデモな服を選んでいたんじゃないか、あるいはTPOをまったく考えない、保護者として口を出さずにいられない服を選んでいたのではと思われるかもしれないが、そうではなく、単に、母の好みと私の着たい物が違っていたのだ。

母は赤やピンクなど明るくて可愛い色、女の子らしい色を私に着せたがった。
私もある年齢まではそういう服が好みだったが、だんだんと黒とか茶系とか、シックな色、大人びた色に憧れるようになった。

ピアノの発表会でも、小さい頃は普通にヒラヒラの可愛い服を好んだが、だんだん”あえて”普段着っぽいカジュアルな服だったりパンツスタイルなどを着たがったりした。

押しに負けて母の選んだ方を着て行っても、「着させられた」という不満が一日中残った。
家に帰ってから母に「今日一日嫌な思いした」「みんな私が着たかったような服を着ていた。私だけ違って恥ずかしかった」などと怒りをぶつけて、さんざん悪態をついた。(実際は「みんな」は誇張)

かといって自分を押し通して着たいものを着れば、精神的にメタメタになるまで罵倒してくるのだ。
その格好がいかに恥ずかしいか、周りとズレているか、それを着ていけば後でどれほど後悔するかを、家を出て玄関のドアを閉める寸前まで執拗に叫んでくる。
私が聞いてないふり、相手にしてないふりをして無視すると、目の前に割り込み私の顔をのぞき込もうとしてくる。

私の「参った」「もうやめて」という反応が欲しいのだ。

何とか母親の言葉を振り切って外に出ても、外に出た途端、急に不安になるのだ。周りの目が気になる。
もしかすると、自分じゃ分からないけど、やっぱりこの服は変なんだろうか、浮いてるのだろうか…。
人とすれ違うたびに挙動不審になる。
「お母さんの言うことなんか気にする必要ない」「別にどこも変じゃない」と自分に言い聞かせても、子供にとって母親の言葉の侵蝕力というのはすごくて、最初に「これが好き」「これで行こう」と思った自分の判断なんて、簡単に揺らいだ。

結局どちらに転んでも、後味の悪い思いになるのだった。

また、もうひとつ、理由として大きなものがある。
母は家中のタンスや引き出し、戸棚といった場所を家族に(父にも)触られるのを嫌がった。
タンスやクローゼットに指一本近づけようものなら本気で逆上する。もう本当に、人が変わったように怒り出す。
小さい頃はそれは、私が子供だからなんだろうと思っていたが、結局大人になっても、20歳を超えても、タンスからタオル1枚取り出せる自由もなかった。

その「ワケ」は後で判明するのだけど、
子供の頃は、私は汚くするから、ぐちゃぐちゃにするから、洗濯して仕舞って管理してるのは全部お母さんなんだから、と言いくるめられていた。

中学に入り、学校指定のジャージ登校となってからは(田舎なので制服ではなくジャージ登校だった)、放課後もそのままジャージで出かけたりして、私服を着る機会はめっきり減った。
でもこの頃から、私の部屋に置いてある自分のタンスだけは、自由に開け閉めしていい雰囲気になった。