私の意思と母親の意思が食い違って衝突が起きると、母は力ずくでそれを押さえ込もうとしてくる。
高校受験の前夜、私はある教科でどうしても気になる箇所があり、教科書を開いて確認しようとした。
すると母親は血相変えてこっちに向かってきて、教科書を奪い取った。
母親の頭の中には、試験の前日には勉強という勉強は一切取り止め、明日に備えて早めに夕食を取り早めに寝るべき、それが「試験前夜の受験生としてあるべき正しい過ごし方である」、という考えがあるようだった。
そうなるともう、私は「絶対に」そのように過ごさなくてはいけなくなる。
勉強と言っても何も、徹夜をしようとしたわけでも、夕食もそぞろに部屋にこもって勉強しようとしたわけでもない。
ただちょっと、居間で夕食を待ちながら、教科書をパラっと見ようとしただけなのだ。
母親の「私の気配を感じ取る能力」にだけは、いつも感心する。
台所で夕飯の支度をしながらもしつこく「今日は勉強なんかするんじゃないよ」と釘をさしてくる。
でも私はどうしても気になったし、やれるだけのことはやっておきたかった。それくらいの悪あがきして何が悪いと思った。
私は母親の目を盗んでこっそり教科書を開こうとした。すると、それを目ざとく見つけて向かってきたのだ。
私はカッとなった。なんでそんなことまで指図されなきゃいけないのと思った。
「ただちょっと確認するだけなんだから」「それの何がおかしい??」と興奮して言い返し、教科書を奪い返そうとして、取っ組み合いの大げんかになった。
母親は、「絶対引かない」という勢いだった。「今日は勉強しちゃいけないの!いけないの!」と狂ったように叫びながらバシバシ叩いてくる。
私も引かない。普段抑えている不満や怒りがこういう時に爆発してしまう。
もう互いに「明日のこと」なんてどうでもよくなっていた。
髪や服のつかみ合いであっちこっちにゴロゴロ転がり、泣いて目が腫れて、叫び過ぎて声はガラガラになった。
1~2時間の取っ組み合いの末、叫び疲れと泣き疲れで私はその場でふて寝してしまった。
結局その日は、ごはんも食べず、部屋着のまま薄手の上着を掛けただけで寝たのだった。
次の日朝起きるとお弁当はなく、母は寝室にこもって顔も見せない。不憫に思ったのか父がコンビニでサンドイッチとジュースを買って用意してくれた。
私は心身ともにボロボロの状態で家を出た。
思えば、「ここぞという日」「大事な日」(受験、ピアノの発表会、成人式など)の前日には必ず大喧嘩になった。
そういう日の前日は、母はとてもピリピリして、ほんの些細なことが喧嘩の引き金になった。
「箸が転んでもおかしい年頃」という表現があるが、まさに「箸が転んでも喧嘩」だ。
私もそのうち学習して、下手なことは言わぬよう、気を使って、腫れ物に触るように接しても、それでも喧嘩になることが多かった。
むしろ、やたらと挑発してくる。怒らせようとしてくる。
母はいつだって、「自分のこと」しか頭にない人だ。
相手には、相手本人の気持ちなど二の次で、「自分を不安にさせないこと」を当然のように要求する。