いよいよ勤務初日。
バスなら自宅から5分ほどの距離。
田舎の飲み屋街にあるさびれた感じのホテル。
9時45分が勤務開始時間だが、 バスがその時間に合うのがなくて、9時ちょっと過ぎにはもう着いてしまった。
早く着きすぎてウロウロしていたら、1人の女性が入ってきた。
この人(以下Iさん)はリーダーというのか、責任者というのか、現場の取りまとめ役みたいな人。
緊張して軽く硬直気味の私に、
「そんなに緊張しなくていいよ~」
「結婚してるの?」
「この仕事初めて?」
「○○さんに会った?(面接してくれた人)」
とあれこれ話しかけてくれた。
勤務開始5分前ほどになって、他の人達が続々出勤してきた。
清掃員はみんなから「メイクさん」と呼ばれている。
今現在私を含め6人が「メイクさん」としてホテルで働いている。
上記のIさんと私含め、5人がこの日の出勤だった。
仕事はその日のチェックアウトの部屋数によって清掃数が決まり、それをだいたいみんな同じ部屋数になるよう、その日の出勤人数で割り振る。リーダーIさんの仕事だ。
しばらく私はIさんについて回ることになった。
初日は、仕事の流れ、清掃の手順などをIさんに一通り教えてもらい、ひとまずやってみて、Iさんのチェックを受ける、という感じだった。
まず受け持った部屋のゴミを集め、 洗い物があれば浴室に持って行き、シーツをはがし、リネン庫から新品のシーツやタオル類を持ってくる。それを一通りやってから一部屋ずつ清掃作業に入る。
受け持つ部屋数は、時期や出勤人数によっても違うが、平均して7~8部屋。
ベッドメイクをして、浴室を掃除して、部屋の棚拭き、アメニティの補充などをして、最後に掃除機をかけて終了という流れだ。
初日ということもあってあまりスピードも要求されず、何とかやり終えることができた。
精神的に追いつめられるようなことも特になかった。
Iさんも他の人もみんな優しい。
ただ、体力的にはキツかった・・・。
最初の1週間くらいは途中何度も「もう無理かも」と思う瞬間があった。
息つく暇がない。忙しさで「目が回る」とは本当にあることなのだと知った。
でもとにかくこれに慣れるしか道はないと思い必死にやった。
家に帰って休めば、「明日も行けるかも?」と思えてくる(午後3時には家に帰れてるしね…)。
でも「もう無理かも」を振り切れた何よりの理由は、この仕事が、ほとんど人とのやり取りがないからだと思う。
朝まずみんなで部屋に集まってミーティングのようなものがあるけど、その後はそれぞれ、各階に散り、一心不乱に部屋の清掃作業をこなすのみ。朝会って、次にみんなに会うのは4時間後、ということもある。その間ずーっと人と話さないで済む。
それが、「これなら続けていけるかも・・・」と思えた最大の理由だった。
ただ、基本はそうだけど、それでもまったく人との共同作業がないわけではなくて、当たり前だけど、最低限の意思疎通能力、人と関わる能力は必要になってくる。
私にはそれがまったくないことがわかった。
正直こういう仕事だから、私のようなコミュ障や無口な人、人と話すことが嫌いな人が多い職種だと思ってたら、全然違った。
みんな、コミュニケーションをすごく大事にする。
何でも言い合うし、根掘り葉掘り聞き合う。
人のことをよく見ていて、噂話が大好きな人が多い。
仕事が終わっても、新しくできた飲食店の話や、子供の塾の相談、フロントの人が新しく車を買えばその品評会、その場にいない人の噂話など、ひとしきり井戸端会議が始まる。
誰かが話し始めると、みんなでその話を「うん、うん」って聞いてあげる。
その人の昔話とか、家庭の話とか。
仕事終わっても40分位、そういう話が続いて帰れないこともある。
でもみんなそれに対し、面倒くさい顔ひとつせず、「うん、うん」って丁寧に聞いてあげる。
私は・・・雑談が苦痛でたまらない。
人の話に興味が持てず、感想が何ひとつ浮かばない。
興味があって、楽しいふりをするのを、ものすごく頑張ってやっている。それがしんどい。
相手も馬鹿じゃない。見破っている。
正直「無口なキャラ」でいても許されると思っていた。
仕事上の会話だけはきちんとやっていれば(それも出来ているとは言えないけど…)、この人はそういう人だから・・・で受け入れられると思っていた。
でもそう甘くはなかった。
仕事もできず、あまりしゃべらない、無表情、人のことに関心を持たない私は、次第に嫌われるようになっていった。