今振り返ると、なんであんなに(色々な意味で)不器用だったかな・・・とも思うけど。
素直じゃないとか、理想が高すぎるとか、考えすぎて空回りとか、思い込みが激しすぎるとか、色々あるけど・・・。
頭で考えすぎるし、素直にみんながやってることをやらないし、元の顔の造りの問題もね・・・。
なぜか一度「こうだ」と思ったら何年もそれを思い込み続け、絶対に曲げない。
思い込みを信じてやって上手くいかなかったら、変えればいいのに、なぜか、かたくなに変えない。
オシャレに限らず、変える、一から考え直す、というのは自分にとってものすごく踏ん張りのいることだった。
高校を卒業してすぐの3月に買ったあるファッション誌に、こういった特集が組まれていた。
これからのトレンドはノーファンデ
若い肌にファンデーションがっつりはオバさんくさい
流行の先端を行く子はみんな、コントロールカラーやルースパウダーだけで仕上げてます!
当時の私には、その雑誌が唯一オシャレの情報を得る手段で、そこに書かれてあることは絶対だった。
雑誌なんて他にもた~くさんあったのに、なぜかそれしか目に入らず、他は見向きもしなかった(これも「思い込み」の一つだね)。
その雑誌が一番スタンダードで、バランスが良く、他は派手過ぎたり、大人っぽすぎ、ハイレベルすぎだと思っていた。ろくに読んだこともないのに。
その特集を読んでまず私が思ったのは、「よっしゃ!ファンデ買わなくて済む!」ってことだった。
ファンデーションは値段が高い(当時の私にとっては)。雑誌がそれを「買わなくていい」と言ってくれるなら大助かり~!と。
私はさっそく雑誌でオススメされていたコントロールカラーを買い、だいぶ前に買ったけど全然使っていなかったルースパウダーを引っ張り出した。
間違った顔の洗い方でひどくなった頬の赤み、ニキビ、ニキビ跡を隠そうと黄色のコントロールカラーを塗りたくり、顔が黄色くなった。
その上に、カバー力がなくて色も合っていないルースパウダーをはたいた。
はっきり言って、仕上がりはひどいものだった。
荒れた肌にコントロールカラーがまったく馴染まず、黄色くまだら状になり(赤みは全然隠れない)、その上でルースパウダーがダマを作った。
どう見ても汚いし、メイクを考え直した方がいいのに、その方法(イエローのコントロールカラーとルースパウダーのメイク)をやめようとは思わなかった。
雑誌に書かれていたことは、トラブルもなく瑞々しい化粧しなくてもきれいな「若い肌」には、当てはまる。
若くてきれいな肌にファンデーションがっつりは、確かに「やり過ぎ」だろう。
それでもまったくのスッピンというのは芸がない!?から、多少の気になるところはコントロールカラーでも使って、あとはルースパウダーでナチュラルに仕上げましょう、ということだったのだろう。
一方私の肌は、とにかく汚かった。
間違った顔の洗い方や年齢的なものもあってか、とにかくニキビがひどかった。
ニキビが1個も無い時というのがなく、小さいブツブツはもちろん、必ずデカイのが1個顔に鎮座し(鼻とか口元とか目立つ部分)、1つ治ったと思ったらまたすぐ新しいのができる、まさにモグラたたき状態だった。
ニキビ跡による頬の赤みもひどくて、口元や頬は乾燥が激しい一方、おでこや鼻筋などのTゾーンは脂浮きが激しかった。
明らかに上手くいってないのに、その方法を変えようとはしない。我慢し続ける。
化粧に限らず、何でも私はそうだけど・・・。
その数年後、やっとファンデーションを使う気になり、結果、なんでもっと早くこうしなかったんだろう・・・と心の中でつぶやいた。
実は高校の時、1度だけちゃんとしたファンデーションを買ったことがあった。
大手メーカーの4~5千円くらいするパウダーファンデーションだった(パクトケース込みで)。
カバー力もちゃんとあって、塗ると一気に肌が綺麗に見えて感動した覚えがある。
ただやっぱりちょっと”塗った感”が強くて、16歳の顔には多少浮いて見えた。
メイクはトータルだから、1か所だけガッツリ化粧したら他も全部メイクしないとそこだけ浮いて見える。
同じ頃「ノーカラーファンデーション」というのも出たりして(すぐ消えたけど)、
自分の中で完全に、「ファンデーション=良くないもの」という図式ができあがった(特にパウダーファンデーション)。
それからも何年もずーっと、いかに「ファンデーション」を使わずにきれいなベースメイクを仕上げるかに腐心してしまった。