喉から手が出るほど欲しかった「今風な雰囲気」

オシャレな人を見ると、心がザワザワする、
浪人中一番手を焼いたのが、これだった。

テレビの街頭インタビューなんかで今風の格好をした同世代が映っただけで、たちまち心がかき乱される。苦労して保っていたギリギリの「大丈夫」が、一瞬で吹っ飛ぶ。

やっぱりオシャレしなくちゃダメなんだ…!ってなる。

とにかく着る服がなくて。
いつも中学生の時に近所のジーンズショップで買ったニットパーカーやセーターに、1本だけ持っていた一張羅のジーンズはいて。
今時こんな人いない、この服で外出てもいいのか…って。
公開処刑にあうような、なるべく知り合いに会いたくない…そんな気持ちで外に出ていた。

なんだろう。別にそれが服として「おかしい」ということはない。
でも、シンプル過ぎるというか、オシャレ感ゼロ。地味。何かを忘れたまま着てきたような服。。
そのことが、「ありえないくらい恥ずかしいこと」だったのだ。19歳の私にとって。

しかもメイクも超ド級のヘタクソだった。
勘違いだらけのメイクに、傷んだ髪をカットもせず腰近くまで伸ばして。
ありえないっていうか、こんな人見たことないっていうか。。

「何がオシャレか」は人それぞれで、多分私にとっての「オシャレ」は世間の感覚とはだいぶかけ離れているんだろうけど、当時の私にとっての「オシャレ」はとにかく”今風になる”ことだった。
いまふう…流行ど真ん中のファッションで、”イケてる人”になること。
漠然とだけど、この「今風」「イマドキっぽさ」というイメージが、私が欲しくて欲しくてしょうがない、恋焦がれるものだった。

浪人1年目は特に秋~冬の服がなくて苦労した。
コートを着るにはまだ早いけど、何も羽織らないのは寒すぎるという時期になって、私は秋用のジャケット、羽織モノを何も持っていないことに気づいた。

私の住む場所は北国で、秋という季節は短い。肌寒くなってきたと思ったらすぐ冬になる。ニットカーディガンとか今流行りのポンチョとかストールとか、秋はオシャレのアクセントになる可愛い羽織モノがいっぱい出るけど、私の住む地域はそれらを楽しめる時間は短い。そんなのすぐに役に立たなくなる。
また、コートやジャケット類は自分の中で「大物」の買い物で(値段が高いから)、「お金がかかる」というストレスがひときわ大きいものだった。

普通の服でさえ買ってもらうのに一苦労なのに、そんな予定外の物をねじ込める余裕はとてもない…。どうせあともうちょっとしたら冬のコートの季節になる。今買ってもらったってどうせ着られる時期は短いし、絶対必要な冬のコートを買ってもらいにくくなる…。
そんなことが一瞬にして頭を駆け巡った。

あの寒さで何も上に着ないのは見かけにも変だったが、結局買わずに寒いのを我慢してやり過ごした。