小学校~思春期時代

小学校に上がってからは、掃除当番など必ず忘れるし、「これ内緒ね」と言うことをすぐ言っちゃったりして信用を失っていった。できないことをできると言って嘘をついたりもした。

嘘はよくついた。一人っ子なのに兄弟がいるとか、一戸建てなのにマンションに住んでるとか、親の職業、出身地を偽ったり。
とにかくまぁ口からでまかせをポンポンと、ストーリーも事細かに考えて人に話したりしていた。

嘘には4つの種類がある。
優しさの嘘、見栄の嘘、保身の嘘、そして第4の嘘、自己否定の嘘。
しょうもない、そんな嘘ついてどうするのという嘘や作り話をする人がたまにいるけど、大体がこの第4の嘘、自己否定からくる嘘ではないかと思う。

自分の現実の何もかもが、気に入らなかった。
他人のもの(境遇、持っている物など)なら何でも良く見えた。

母親が専業主婦で、学校から帰って家に母が居ないという経験をほとんどしたことがなかった私は、鍵っ子で、放課後に学童保育所に向かう同級生が羨ましくて仕方なかった。
親の転勤がなく遠くへの引っ越しや転校をしたことがなかったので、転勤族で遠くに故郷がある子が羨ましかった。
兄弟がいる子が羨ましくて、一人っ子であるという事実を恥ずかしく感じていた。
一人っ子で常に新品の服や持ち物を買ってもらっていれば、兄弟がいてお下がりを着ている子が輝かしく見えた。
自分の家が学校から近ければ、家と学校が遠い子に憧れた。

そんなふうに、隣の芝が青い?じゃないけど、何でもかんでも他人のものがカッコよく見えた。

この頃から、心の奥深くで自己否定感が強かったと思う。
とにかく自分で自分の何もかもが気に入らなく、見劣りするように思えていた。
常に、自分ではない誰かになりたかった。
小学校の時は、憧れの他人にそっくりそのまま成り代わりたい、祈っていればいつかなれる、という願望を本気で持っていた。

作り話や嘘を話すと、ほんの一時でも自分ではない自分になれた気がして、それが快感だった。
自分のありのままを人に話しても誰も興味を持ってくれない。嘘をついて、それで人が自分に興味を持ってくれた、自分に関心を示してくれたと感じられた時がすごく快感だった。

女の子はすぐ何でも仲間内だけの秘密を作りたがる。
私にはその「秘密にしたがる心理」がまったく芽生えなかった。
例えば秘密基地とか作っても、私は誰にでも教えてしまった。
というか私が「自分だけ教えてもらえない経験」で傷つくことが多かったから、人には是非教えてあげたかったのだ。相手は教えてほしいよね!?教えたら喜ぶだろうな~あああ~教えたい~~と。
秘密にする理由がまず分かんなかった。
理由がわからないことには従えない。

あと耳打ちでするコソコソ話。目の前であれやられるとすごい傷ついた。
私は目の前でやられるのは何度も経験したけど、自分がこそこそ話をする、される側になる経験がほとんどなくて、耳打ちコソコソ話に憧れた時期もあった(笑)。

羞恥心も年齢相応のものが身につかなかった。
なぜそれが恥ずかしいことなのか、分からない・・・ということが多い。

小学校1年の時だったかな。公園で同じクラスの男の子とふざけてキスをしてしまったことがあった。
翌日学校で私は、みんなの前で盛大に、「私は昨日、○○君と公園でキスをしました!!」と得意げに発表した。大声で。
言いたくて言いたくて仕方なかった。明日みんなに言おう!と前の日から思ってた。

相手の子は顔を真赤にして泣いてしまった。
その後はお決まりの・・・黒板に相合い傘を書かれたりと、さんざんはやし立てられた。
そもそも小学校1年だからキスとかそういう行為も咎められたけど、「そういうことは言っちゃいけないよ」と言われた記憶がある。

その子、私が風邪を引いて学校を休んだ時に心配して電話をくれたり、すごく優しい子だったのに・・・。一方私は、彼が風邪で休んでも、休んだことすら気づかず、もちろん電話もしない。人に対する思いやりとか、そういうのが欠けていたなぁ。

その後、その子とはほんの少し距離が出来てしまったような気がするけど、あからさまに嫌われるようなこともなく、何事もなかったように接してくれる本当に優しい子だった。

小学校の3~4年生ともなると、女の子は、クラスの誰々が好きとか、そういう話をしだす。
少女漫画を読んで、「恋愛」に憧れる。
当時たぶん精神年齢は5歳以下くらいだっただろう私は、「異性を好きになる」ということに全然ピンとこなかったけど、とりあえず誰々が好きとかそういう話には乗りたかった。

女の子3人で遊んでいた時、一人の子(以下Sちゃん)が「私、クラスのA君が好きなんだ」と言い出した。
私は「好きってどういうことか分かるの?ホントに”好き”なの?」と心の中で突っ込みつつ、「片思いと両思いってどう違うの?」とかトンチンカンな質問で若干場の空気を壊していたけど、翌日やらかした。

唐突に、クラス中に聞こえるような大声で、「Sちゃん、私もA君が好きなの。だからライバルだね!」と。

私はA君のこと、好きでも何でもなかった。異性を好きになるってどういうことか分かんなかったし。
ただ何となく「言ってみたかった」だけなのだ。漫画のシチュエーションにあった、友人と同じ人を好きになってしまって、友情が壊れる・・・という疑似体験をしたかっただけなのだ。

Sちゃんは思慮深き定型発達の子で、怒るでもなく、ドン引きするような、何とも言えない表情で固まっていた。
クラス中が、ただただシーンとなっていた。

私の場合、限られた範囲ですごい知識があったとか、成績が良かったとかカッコのよろしい特徴はなく、こういうクズエピソードしかない。

ファミコン世代だったけど、ゲームも興味がなかった。
だってできないんだもん。いつも負けて、ステージも全然進めないからおもしろくない。
あれって動体視力とか運動神経とか関係してこない?
体を動かすのは特にダメで、公園の遊具も怖くて遊べない物が多くて嫌いだった。
外の遊びは体を動かすのが嫌いだから好きじゃなかったし、寒いし、手も汚れるし、けがをするかもしれないしで、全然楽しくなかった。
家で絵を描いたりボードゲーム(人生ゲームとかすごろくとか)が大好きだったかなぁ。
超のつく不器用だけど、絵は下手なりに好きで、小学校に上がってからは漫画の模写にはまってた。

私の子供時代を表現しようと思うと、発達障害だったというより、「精神年齢が幼い」という一言にいつも行き着いてしまう。

まじめにやるべきところではしゃいでしらけさせ、「限度を知らない」で、大人を怒らせることがよくあった。
同世代の子供だけじゃなく、大人(先生など)からも私を嫌悪する人がいっぱいいた。

こういうごくごく幼少期の特徴、正直言って、その後もっと大きくなって、中学や高校・・・いや大人になってからも、根本的には変わっていない部分もある。
経験で、「こういうのは嫌われるんだな」というのを学習し、自分を抑えるようになって・・・、抑えても、基本的にそのようにしかできないところもあって、そうなると、何もできなくなってしまうのだ。
子供の私は、理由が分からないまま周囲からバカにされ、嫌われ、いじめられ、小学校高学年になったあたりから、内向的な子に変わっていったと思う。無邪気で積極的だった自分は、けちょんけちょんに否定されて、すっかり姿を消してしまった。