私が「発達障害」という障害を知り、それを疑い始めたのは、仕事があまりにできないからだった。
とにかくいつまでたってもミスが減らない。
周りからしたら「なんでそうするの」って行動を繰り返す(らしい)。
はじめ優しかった周囲の態度もどんどん冷たくなり、精神的に追いつめられていた。
場の状況を一瞬で読んで何をするのが良いか察知してすばやく行動に移す、今何をするべきか、どっちを優先すべきかなどの微妙な判断、そういうのが超絶苦手。
とにかくスピードが要求されるので、急ぐことを意識すれば必ず何か抜けるし物は壊すし、慎重さを優先すれば「遅い」となって他の人に手伝わせてしまうことになってしまう。
落ち込んで帰っては、わらをもすがる思いで「仕事、できない」(あるいは「トロい、鈍くさい」)などで検索しては、何か有用な解決策はないかネットをさまよう日々が続いた。
しかし、仕事ができない悩みはポロポロ出てくるものの、ネット広しと言えど、さすがに私ほどのレベルのエピソードはなかなか無く…。
それどころか仕事ができない人に迷惑している側からの、仕事できない人はやめてほしい、いるだけで迷惑、給料泥棒、バカなの?死ぬの?といった書き込みに打ちのめされていた。
私は仕事先のリーダーIさんに、特に嫌われている。
もう顔を見るのも嫌というほどに。
Iさんが私と目を合わせてくれるのは、ミスを指摘するときだけだ。
何かで慌てふためいていた私が偶然視界に入った時だった。
Iさんが私を見かけた直後、もう「心底イヤだ」という感じで目をそらす瞬間を見てしまった。
ああ本当に嫌なんだなと思った。
仕事ができないって本当に惨めだ。
これほど恥ずかしいことがあるだろうかって思う。
こんなこと、なかなか人に言えない。
「私、勉強できなくて~」は言えても、「私、仕事できなくて…」は言えない。なんか、シャレにならない…。
プライドが高いと言われればそれまでだけど、
社会で使えない、人の役に立てないと、軽蔑の目のような、まるで犯罪でも犯したかのような目で見られているように感じてしまう。
仕事ができない人間は、バカにされる。邪険にされる。
仕事できない人間はどんな冷たくされても多少雑な扱い受けても濡れ衣着せられても八つ当たりされても文句は言えない。
それは仕方がない、とも思う。
相手だって不当ないじめをしているわけじゃない。
イライラするのだ。仕事できない人がいると、周りに迷惑がかかり、周りの負担が増すから。
でも、辛い。
仕事できなかったら、この状況に耐え続けるしかないのか。
仕事ができない私は、当たり前にこの状況を受け入れ続けなくちゃいけない人生なのか?
今の仕事(ビジネスホテルのベッドメイク)始めてもうすぐ3年になる(※)。
必死に食らいついてきたけど、3年かかってようやく周りに追いついてきた気もするけど、それでも、完全に周りと同じようになれるのは無理だと思った。3年やって、私より後に入った人が私が3年かかったことを1週間で身に付けていくのを見て、余計にそう思った。
私が職場で嫌われているのは単にミスが多いとか仕事ができないからなだけじゃない。
実際私ほどではなくても、ミスが多い人はいる。でも私ほど嫌われてはいない。
私は、根暗。話さない。オドオドしている。雑談に返せない。周囲に関心がない。
今自分で思いつく理由はこれくらいだけど、
物心ついた時から私を嫌う人は多かった。関わりたくない、話したくないという感じで(幼い頃は今と逆で、誰にでもズカズカ入り込んで嫌がる子にもしつこくつきまとう子だったけど…)。
自分の”何”がいけないのか、30過ぎてから必死で考えたけど、「根本的なこと」は未だに本気で分からない。
若い頃はマナーも知らず失礼なことも多かったけど、今は空気は読みすぎるくらい読んで、挨拶やお礼だけはしっかりしている。
それでも「嫌われ方」は、幼稚園や小学生の頃となんも変わっていないなぁとつくづく思うのだ。
そんな中、「仕事、できない」で検索していて見つけたのが、とあるブログだった。
高機能自閉症(知的障害のない自閉症。アスペルガー)と広汎性発達障害を持つ2人のお子さんを育てる母親で、自身も発達障害の疑いがあるという方が、
自閉症やADHDの子供の特徴、集団の中で困ること、大人になって社会(特に仕事の場)に出てから現れる特徴などを漫画で表現していた。
その漫画で描かれる「発達障害」が、「これ、職場での私を見て描いたの!?」と思うほど、隅から隅まで私に当てはまっていた。
その方は専門家ではないので、その漫画がどこまで発達障害の描写として正しいかは分からないけど、これが発達障害者の実像であるなら、私もまさに発達障害ではないかと思ったのだ。
※発達障害を疑い始めた当時の話で、この文章を書いている現在は4年目になります。