「自信」のこと 1

子供の頃、ジャングルジムが怖かった。体を使うこと全般苦手なので、公園の遊具にはどれも苦手意識があったけど、ジャングルジムの時に特に思うことがあった。

あの細い棒に手と足を掛けて登っていくわけだけど、大げさな言い方だけどそこで自分の身の安全を守るのは自分自身。落ちるも落ちないも、自分の判断、自分の手の置き方、足のかけ方、バランスの取り方にかかっている。

自分には、ジャングルジムに落ちないように登っていけるだけの身体能力はあるはずだった。
ちゃんと、落ちないように考えて足を置き、手は棒をしっかり握って、バランスをとりながら登っていく、それは「やろう」と思えばできるはずだった。

でも順調に登っていて、安定しているのに、ふとした瞬間「自分は自分を落としてしまうのではないか」という、自分に対する不信感のようなものが頭をよぎるのだ。

「落ちるんじゃないか」ではなく、「落とすんじゃないか」という奇妙な感覚。

当たり前みたいに棒に足をかけ、その場で安定していても、これがあと1ミリでも足がズレていたら落ちるかもしれない。自分が足の置き方を誤れば落ちる。バランスを崩すと落ちる。そしたら大怪我する。とても痛い思いをする。そんな絶妙な判断をここまでどうやってしてきたのかと。

今、自分が「できている」ことが、とても不思議に思えてくる。
無意識レベルで「ここなら大丈夫」という足の置き方、自分に安全な判断を体がしているのに、その無意識、感覚的な部分に不安を感じる。

仮に足の置き方を誤ってバランスを崩しても、崩しそうになったバランスを立て直す「踏ん張り」をすれば、落ちはしない。
でも踏ん張ることが、なぜか怖い。自分にそんなことができると思えない。それをやる自分というのが想像できない。

そんなんで、いつも「てっぺんまであとちょっと」というところで私は急に怖気づき、自ら降りてしまうのだった。

これが私の「自信が持てない」の原体験だった気がする。
このジャングルジムで感じたようなことは、その後の人生でもたびたび起こった。

自分で自分を支えなければいけない、足を踏み外すも踏み外さないも自分の一挙手一投足にかかっている、そんな局面が怖い。逃げ出したくなる。
繰り返すけど、自分にはそれができるだけの「身体能力」は備わっているはずだった。
しかし根本に「自分にはできない」という自分に対する不信感があるから、自分で自分を守ることを如実に求められる瞬間が怖い。人生なんて厳密にはそんな瞬間の連続なのに。

自分に自信がない。
自分が「できる」と思えない。
もちろん能力とか技術の問題でできないこともいっぱいあるけど、それ以前の、根本的な自己肯定感、信頼感があまりにグラつきすぎていると感じることがよくある。

自分の力で何かを手にする、自分の力で困難を切り開く、自分が自分のために何かを上手くいかせる、そういうことをイメージできないまま、何かをする。何となく、ふわふわした感覚で。

上手くいったらいったで、「自分が上手くいっていいのだろうか」と、それがまるで自然の摂理にでも反しているかのような、奇妙な違和感に包まれる。
心のどこかで、自分が成功すること、上手くいくことは、おかしい、ありえないくらいに思っている自分がいる。
そのまま余計なことを考えなければ上手くいきそうなことも、自分からあきらめて失敗する方向に自分を導く。

「自分が」という意識が希薄。
自分を守れるのは自分だけ、今この状況が良くなるも悪くなるも自分次第、自分にかかっている、そういう意識が希薄というか、そういう自主性みたいなものが、すっぽり抜け落ちている感じがする。

「自信」というとどこか「謙虚さ」とは反対の「尊大」とか「思い上がり」とか、持ちすぎても鼻につく…みたいなイメージがあるけど、ここで言う「自信」とは文字通り、「自分を信じる力」のこと。

具体的に自分の何を信じるのかというと、今の自分が持っている力、能力。

何も「俺はスゴイ奴なんだ」「アタシって天才!」と思うことではない。
自分の能力以上のことを無理やり「できる」と思い込もうとすることでもない。
持っている力、能力に関しては、素直に「あるんだ」「できるんだ」と思えること。
目の前のことに取り組んでいる最中、自分のその能力を疑わないこと。

これがないと、なんにもできないとすら思う。
どんな些細なこと、当たり前と思えていることだって、「自信」があるからそれができているんだと思う。それこそ「立つ」とか「歩く」とか、そういうレベルのことだって。

「自分は歩けないかもしれない」と思ったら歩けなくなる。
自信がないと、深く考える前は普通にできていたことが、まったくできなくなるということがよくある。
身体的に歩ける能力は持っていても、自分のその能力を信じられなくなったら、歩けなくなる。
自分がそれができることを疑う余地もない、できるかできないかなど考えたこともなく当たり前にできている、「自信がある」って、そういう感覚だと思う。

自信って、ある時は「それがある」ということを特に意識してないから、失った時、どうやって取り戻していいか分からなくなる。
周りと自分を比べすぎたり、上を見すぎたり、大きな挫折を経験したりすることで、コロッと簡単に喪失する。
そうなると本来できるはずのことまでできなくなったりする。

一度身になった能力、備わったものというのは本来、それこそ認知症とか脳の器質的な病気にでもならない限り、消そうったって消せないくらいのもののはずだ。それが嘘のように脳みそから忽然と消失してしまう(したかのように思えてしまう)のが、「自信喪失」の状態ではないかと思う。

よく成功体験によって自信が養われると言うが、私は逆ではないかと思う。
最初に自信という土台がしっかりあるから、できる。
成功体験を持つにも、根本的な自分に対する自信がなければ、例え成功しても、まぐれ、たまたま、何かの間違いと思ってしまい、素直に成功を自分の力と思うことができない。

そもそも自信がないという思いがあると臆病になり、やはり成功の確率は低くなる。
その後些細な失敗でも経験すれば簡単に振り出しに戻ってしまう。
自信がない人は多くが他人と自分をよく比べるので、簡単なことが成功しても「こんなことは誰でもできる」と思い自信にならない。

自信はニートやホームレスにだって持つことは可能だし、必要なものだと思う。
今がどうであるかは関係ない。何ができるから、社会的地位がどうだから持てる自信というのは、本当の意味での自信とは少し違うと思う。